大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(う)2086号 判決

被告人 岩倉仁

〔抄 録〕

論旨は、原判決は審判の請求を受けない部分について判決した違法があり、然らずとするも、判決に理由を付せず又は理由にくいちがいがある、というのである。よつて記録を調査すると、本件は、当初被告人が原判示鈴木ミチ子及び松原包明の両名から金員借用方斡旋の依頼を受けて受領した本件土地建物の一括された権利証一通、松原包明名義の白紙委任状二通及び同人の大田区長作成名義の印鑑証明書二通の横領の罪として起訴せられ、その後原審において公判審理中に訴因並びに罰条の変更がなされ、被告人が右権利証及び委任状などの書類を保管中自已の利益を図る目的を以てこれを岩沢正義を介して東和石油株式会社に担保に提供し、以て前記両名に対し銀行より五十五万円を借用することを不可能ならしめて財産上同額の損害を加えた旨背任罪の公訴事実に変更し、更にその後(原審第十八回公判期日において)右「財産上同額の損害を加え」とあるを「財産上の損害を加え」と訂正されたこと、並びに原判決が右訴因並びに罰条変更後の公訴事実に従つて事実を認定し、かつ被告人の加えた損害の点については、銀行より五十五万円の借用を不可能ならしめる等の損害を加えたものである旨認定していることは所論のとおりである。弁護人は、検察官のした右訴因変更並びに訂正後の公訴事実によれば、結局被告人の犯したと称する犯罪事実中の構成要件たる「被害額」が不確定に変更されて審判の請求となつたにかかわらず、原判決は右不明確な財産上の損害について五十五万円の借用を不能ならしめた損害と明確に表示したのは、すなわち、審判の請求を受けない事柄について審判したことになり、刑事訴訟法第三百七十八条第三号に違反する、というのである。しかしながら、背任罪は、要するに任務違背の行為によつて本人に財産上の損害を加えることによつて成立するものであり、その損害たるや必ずしも実害を加えた場合のみならず、損害発生の危険を生ぜしめた場合にも成立するとともに、その損害の数額が明白でない場合においても背任罪の成否に影響はないものと解すべきであるから、本件において検察官が、所論のごとく、訴因変更後損害額の点について、「銀行より五十五万円を借用することを不可能ならしめて財産上同額の損害を加え」とあるを「銀行より五十五万円を借用することを不可能ならしめて財産上の損害を加え」と訂正したからといつて何らの失当もなく、またこれを原判決が「銀行より五十五万円を借用することを不可能ならしめるなどの損害を加え」と判示したのは、右訴因変更並びに訂正後の公訴事実のとおり認定したものであり、ただその間に修辞上の変更をなしたのに止まり、もとより刑事訴訟法第三百七十八条第三号にいわゆる審判の請求を受けない事件にいて判決したものということはできないのである。なお、記録に照し原判決を精査してみても、所論のごとく、判決に理由を付せず、又は理由にくいちがいがあるものということもできない。ひつきよう、所論は採用し難く、論旨は理由がない。

(坂井 山本長 荒川)

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